生まれも育ちも葛飾柴又、フーテンの寅と発しやす。。。俺がいたんじゃお嫁にゃ行けぬ。。。
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まことに小さな国。。。ニッポン が明治国家を築くために坂を上る
文明開化したばかりの、まことに小さな国ニッポンが、19世紀後半の列強の中で生き残ろうとしたら、それはそれはとんでもない必死の努力と、決死の抵抗が必要だった。

という、そういう感想を、NHKスペシャルドラマ 『坂の上の雲』 第5回 「留学生」を観て感じた。

決して戦争を正当化するつもりはないけれども、あの当時の日清戦争、日露戦争という、勝てるわけもないような戦に勝とうという努力をしなかったら、後の日本はない。とも感じた。

反面、第二次世界大戦に敗戦し、そこから復興を遂げた日本が今の日本なのだから、逆に、日清戦争か、あるいは、日露戦争で敗戦していれば、また別の日本が今あったのかもしれないとも感じる。

どんな日本なのかは、想像すら出来ないけど。。。

こんなちっぽけな感想しか持てないようなドラマでもないし、原作でもないとも思うのだけれども、自分のオツムでは、そんな感想しか持てなかった。


ただ、今回の第5回「留学生」は、

列強入り寸前のアメリカ vs 海の覇者スペイン
・||・
小国ニッポン vs 大清国、ロシア帝国

という対比、そして、

アメリカ建国当時のイギリス移民にとっての → アメリカ先住民イロコワ族
・||・
大英帝国からみた → 日本

との対比、 この二つの対比によって、この時期の日本のおかれた立場が鮮明に伝わってきた。

それにしても、この続きは1年後、2010年の年末かと思うと、もったいない。 原作『坂の上の雲 』が、あまりにもスケールの大きな原作であることもわかるけど、一気にドラマとして観たいですね。

さぁ、今年も終わり! 2010年 大河ドラマ 『竜馬伝』 の宣伝でもすっか!
 

22:06

坂の上の雲

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坂の上の雲という物語がわからなくなってきた
NHKスペシャルドラマ 『坂の上の雲』 第4回 「日清開戦」 を観ました。

前回、第3回 「国家鳴動」 放送後に、『坂の上の雲』第3回「国家鳴動」 何を表現しようとしているのか? で、このドラマで、日清・日露戦争を描くこの意味がよくわからないという趣旨のことを書いた。

今回の第4回 「日清開戦」 を観て、もっとわからなくなった。

明治の時代、日清戦争のその時に、秋山好古、秋山真之、正岡子規 達が、それぞれ何をしていたのかという観点で、3人を描いていた。 けれど、3人のエピソードをもとに、日清戦争という大きなテーマ、もっと広くは明治という時代を描くには、1話90分では、あまりにも短すぎる。


これが大河ドラマなら、日清戦争だけで、3回とか4回の放送になるんじゃないか?

今回、第4回の『坂の上の雲』で、何を表現したいのかが、ますます よくわからなくなってきた。

やっぱり、坂の上の雲を理解するには、もっと放送回数を増やして、ゆっくりと、詳細に、ドラマを作って欲しいという気がした。

あと、原作である『坂の上の雲』という小説(司馬遼太郎) そのものが何を伝えたいのかということすら、私は見失いつつある。

やっぱり、原作読まなきゃだめかなぁ。。。

 

22:57

坂の上の雲

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『坂の上の雲』第3回「国家鳴動」 何を表現しようとしているのか?
NHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』 第3回「国家鳴動」 を観た。 今回は、今年放送分(第一部)の中心的エピソードとなる日清戦争への道のりが描かれていた。

ただ、この日清戦争、その後の日露戦争で活躍する二人<秋山真之=本木雅弘>(後の日露戦争時の連合艦隊参謀) と <秋山好古=阿部寛>(後の陸軍大将)を描くことで、この物語が何を表現しようとしているのかわからない。

それは、自分自身が、司馬遼太郎さんの原作「坂の上の雲」を読んでいないということも理由だろうし、この時代の歴史についての知識が乏しいからというのも理由だろう。

日清・日露戦争を真っ向から否定するつもりも肯定するつもりもない。あまりにも複雑な歴史。 それゆえにこの物語がこの二つの戦争を通して何を表現してゆくのか、楽しみでもあり、心配でもある。


一方で、香川照之さん演じる正岡子規が肺結核に侵されながらも俳句にとりつかれたように生きてゆく様。その友人には夏目漱石(小澤征悦)がいる。  名を残す人の周りにはやはり名を残す人がいるものだなぁとつくづく思う。


それにしても、「だんだん」=「ありがとう」なのである。今回も言ってました。
島根の松江(NHK朝ドラ「だんだん」の舞台)だけでなく、伊予(現在の愛媛県)の松山でも「ありがとう」は「だんだん」なのですねぇ。方言って面白いなぁ。

と思っていたら、今放送しているNHK朝ドラ「ウェルかめ」でも言ってたぞ。「ありがとう」の文脈で「だんだん」って
「ウェルかめ」の舞台は、四国の徳島ぞな。 ずいぶん広い範囲で使われていた方言なんですねぇ。

さては、早くも 来年の 流行語大賞 ねらってるか?



JUGEMテーマ:NHKスペシャルドラマ 坂の上の雲
 

21:48

坂の上の雲

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あぜ道と田んぼの風景で涙が出た
NHKスペシャルドラマ『坂之上の雲』 第二回放送「青雲」を観た。

明治初期の活気にあふれた情景が伝わってきた。

一方で、物語終盤で、正岡律(正岡子規の妹=菅野美穂)が、秋山真之(本木雅弘)を、小川にかかる木製の橋を渡り、田んぼのあぜ道を全力疾走で追いかけるシーンで涙が出てきた。

正岡律の境遇(ドラマのストーリー)のせいではない。

木製の小さな橋と、茶色のあぜ道、緑色の草、そして田んぼ。 この情景が目に入ってきたとき、涙がこぼれた。

純朴な日本の風景。美しい描写だった。


ところで、第1回の放送の後のこのブログに、「「だんだん」=「ありがとう」は、松江(島根県)だけじゃなかった」という記事を書いたけど、今回もやっぱり言ってるよね。愛媛の松山出身の人々が、「ありがとう」という意味で、「だんだん」って。

ずいぶん色々な地方で使われていたんだなぁ。「ありがとう」=「だんだん

これは、言葉おじさん(NHKの梅津アナウンサー)に解説してもらわねば!


21:33

坂の上の雲

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「だんだん」=「ありがとう」は、松江(島根県)だけじゃなかった
先日、NHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』 の第一回放送『少年の国』を観ていたら、明らかに「ありがとう」を意味するセリフで「だんだん」という表現が使われていた。

「だんだん」と言えば、同じNHKの朝ドラ『だんだん』 で、松江(島根県)の方言として「ありがとう」の意味で使われていた。 『坂の上の雲』は、愛媛の松山からの物語スタートということで、同じ西日本とはいえ、日本海側と瀬戸内海、「だんだん」=「ありがとう」という方言は、ずいぶん広い範囲で使われていたんだなぁと驚いた。

もちろん、朝ドラの『だんだん』は現代のお話だし、『坂の上の雲』は明治のお話なので、時代による言葉の変化もあるのだろうけど。

このあたりの「だんだん」=「ありがとう」の方言の解説は、愛媛の伝承文化〜単なる備忘録〜/「だんだん」という方言 が詳しい。
 

ところで、このドラマ『坂の上の雲』 の主人公たちは、明治に改元される直前に生まれ、明治国家が形成され始めるころ子供時代を過ごす。ドラマの冒頭で、下級武士だった「秋山家」の台所事情や、かろうじて「上士」級だった正岡家の懐具合、元・武士が風呂屋を始めたなどという話題が出てきますが、これは武士が武士自らを一夜にして全員失業させるという「廃藩置県」を断行したときの世の中のを描いていました。

この「廃藩置県」だけでなく、「坂の上の雲」を観ていて、どうして?とか、どこからその発想は来るの?という疑問が生まれたら: 司馬遼太郎氏の 『「明治」という国家』 を読んでみるといいと思います。 すべての疑問は解けないかもしれないけど、ぼんやりしていた頭の中に1本のスジが通ると思いますよ。

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02:20

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